「荒れる成人式」から十数年、成人式の意義を改めて考える

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こんにちは。

成人式を迎えられた皆さん、おめでとうございます。今頃は飲み屋さんで同窓会でしょうか?アラフォーな私は成人式を迎えてから、数年後に20年が経ちます。改めて成人式について思うところを書いてみます。

「荒れる成人式」だった時代

私が成人式を迎えた頃は「荒れる成人式」とよく言われたモノです(今もでしょうか?)。目立ちたいというか、何というか・・・。よくニュースで話を聞かない新成人を一喝するような話題が出ていました。新成人だから、何か存在感を示したかったのか、単純に中学の仲間が集い、話に花が咲いたのかわかりませんが、そんな状況でした。この頃から千葉県浦安市がディズニーランドで成人式をやるなど、趣向を凝らしたモノも出てきています。また、新成人が成人式の企画から関わる事例も多々出てきています。
私の成人式も半分同窓会でしたね。夜まで久しぶりに会う人たちと酒を飲みつつ話をして、次の日の朝が9時から大学で講義が入っていたので眠い目をこすり、実家から大学へ行ったのを思い出します。

成人の日の意義、そして成人を迎えた皆さんへ

そもそも、成人の日とは「おとなになったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます日」と定められています。学生の皆さんには就職してみないと、まだまだ社会人としての自覚というのはないのかもしれません。何らかの形で社会との関わりと自らが持つというのがこの頃であったと私は実感します。

「自ら生き抜く」というのもなかなか実感がない人が多いのかもしれません。「自ら生き抜く」ということは自己責任を背負うということに等しいです。

社会との関わりと自らが持ち、その行動に対して責任を負うのが社会人です(ということをたぶん今日の成人式でで来賓の皆さんが喋っていたはずです)。成人式当日はそうはいっても、懐かしい友人と再会できる喜びの方が大きいのかもしれません(自分もそうでした・・・)。しかし、自分が社会と強く関わりを持ち、自らの意志で生きていくステージに立った時にこの成人式の意義を改めて思い返してみましょう。

一歩一歩、社会との関わりを深めていき、自ら生き抜く力をつけていくのです。アラフォーの私も日々精進しています。一朝一夕ではいきません。一歩ずつ取り組んでいきましょう。